焼尻島の歴史 弁天崎
2026.11.03
焼尻島の歴史 弁天崎
焼尻島の見どころ 弁天崎
天保15年(1844年)、当時、鰊漁場の請負人であった栖原家の番人、山田太三郎は、焼尻島の北東部に位置する岬に厳島神社を建立しました。
この場所は、船を入れるのに適した入り江があり、漁場を開くには絶好の場所でした。山田太三郎は、ここを拠点として漁場を開設したと思はれます。
その後、この岬は厳島神社の祭神ともゆかりの深い「弁財天」にちなんで、「弁天崎」と名付けられました。
当時、神社の前に建てられた鳥居は、現在もその姿をとどめています。社殿は後に現在の場所に新しく建てられましたが、古い鳥居も一緒に移築され、今も社殿の前に残されています。
二百年近い時を経て、今も残る鳥居。
そこに立つと、かつてこの入り江を拠点に鰊漁が営まれ、船が行き交っていた時代の焼尻島の姿が思い浮かびます。
弁天崎は、島の漁業の歴史と信仰が重なり合う、焼尻島の大切な歴史の場所です。
羽幌町観光協会
北海道日本海側に位置する羽幌町の魅力を、観光の視点から日々発信しています。天売島・焼尻島をはじめとした豊かな自然、季節ごとの祭りや食、そしてここで暮らす人々の営み、地域の旬の話題をご紹介していきます。